第四章:鈍感な後輩、強引な先輩
「最近先輩おかしいです。どうしたんですか?」
隣で俺の顔を覗き込む遠藤要に心配そに問われ、俺は返答に困っていた。
だってアンタが原因でおかしくなりましたなんて言えるわけないでしょ。
最近の遠藤要は笑う様になって雰囲気も柔らかくなってさ、嬉しく思ってたんだけどね、どこからともなくそれを嗅ぎ付けたハイエナ達が事もあろうに遠藤要に群がりはじめた。
正直、俺は焦っている。
いつか知られてしまうと予測はしていたが、予想と反して数が多い。
なので、この上なく焦ってしまって挙動不審になっているわけよ。
俺が大事にしていた無愛想な可愛い後輩を奪われる訳にはいかないでしょ。
だから俺は毎日毎日ハイエナ達を牽制して追っ払って日々奮闘してるのよ。
涙ぐましい努力をしてるわけ。
なのに当の本人は何にも知らないから、アンタが原因なんて言えない。
言っちゃったら笑わなくなってしまうじゃない?だから口が裂けても絶対言わない。
けど笑った顔は本当は誰にも見せたくないのが本音。元が良いからね、遠藤要は。ただ無愛想だったから、今まで近寄り難くて誰も寄って来なかっただけで。
なのにこの状況!!
会社でもこんな状態なのに、俺の知らないところでどんな状況になってるのか。
考えるだけでも狂いそう。
どうしよう、他の男に奪われたりしたら・・・
他の男とキャハハウフフ、ニャンニャンアンアンしてる遠藤要を想像して死にそうになり、バタンッと大きな音を立てて机に突っ伏した。
「えっ?先輩?!大丈夫ですか?!」
「俺、死ぬかも・・・」
「ええっ?!」
どうしよう、どうしようとオロオロする声に俺って本当に情けないなぁと思う。ヘタレだよねー、情けない。
勝手に想像して勝手に死にかけて、昔の俺だったらこんな事屁でもないのに。
今の俺ときたら遠藤要に対してかなり弱気になっちゃってさ。涙なんかも出す様になっちゃってさ。男らしくなくて俺って無様・・・。
グスンと鼻を啜ると、風邪引いたんですか?ティッシュありますよ。と声をかけてくる。
優しい!皆聞いて!この子は優しい子なの!
でも、そうじゃないの。
そうじゃないのよ!
優しくするのは俺だけでいいのよぉぉ!
俺の心はガタガタ震え、身体も震わせ、ついでに突っ伏していた机も一緒にガタガタ震えた。
「何やってんだ、お前」
「あ、新田先輩。畑田先輩が風邪引いたみたいで死にそうなんです」
「はぁ?風邪程度で死ね訳ねーだろ」
「風邪を侮ったらダメです!!」
「お、おう。なんかスマン」
「分かって頂ければ良いんです」
最後にフンッと鼻息が聴こえてきた。そこ、鼻息出すところなの?でも相変わらず生意気な遠藤要はそのままで、俺はなんだか胸がキュンキュンするよ。
可愛いなぁ可愛いなぁ。
ホント、遠藤要は可愛い。
「おい、畑田」
「・・・なによ」
突っ伏した顔を上げると、新田はニヤついた顔で泣きっ面の俺を面白そうに見ていた。
「指加えて見てるだけじゃ手に入らんぜ?」
「お前!うるさいよ!あっちいきなさいよ!」
疎ましくシッシッと追い払うと、新田はあっはっはと豪快に笑い、手をヒラヒラさせながら去って行った。
くっそ。
だから言いたくなかったのよ、新田に。一々茶々入れてくるの分かってたから、絶対あいつだけにはバレない様にしてたのにさ。なのに何故かバレてて問い詰められて吐かされるという失態を冒してしまい。
だって「遠藤要に手出すぞ」っていやらしい顔して脅されたら言うしかないじゃない!
新田の鬼!悪魔!
まあ、新田には本人曰く、美人な彼女がいますし?俺の恋を生暖かく見守ってくれてるから良いんだけどね。たまに相談もするし?あまりマトモに聞いてくれないけど。
ただ遠藤要の前で茶々入れるのはいただけないよね。後で締めとくか。うん、そうしよう。
「先輩」
「はひ?」
新田への復讐に燃えてるところに声をかけられたので、変な返事になった。不思議そうに俺を見る。
「欲しい物があるんですか?」
「え、う、うん」
「なんですか?」
「え?」
「欲しい物です」
「物ってわけじゃないんだけどね・・・」
歯切れが悪くなったが遠藤要は気にするでもなく、あどけない顔をして頭の上には?マークを沢山浮かばせている。いや、実際には見えないけどね。
遠藤要は鈍チンだから自分に接してくるハイエナ達の目を覆いたくなるような下心なんて絶対分かってない。だから俺の気持ちも絶対知らない。ハイエナ達を牽制したり追い払ったりあからさまだというのに、遠藤要は絶対分かってない。
ま、その鈍さに助けられてる部分もあるんだけどね。逆にその鈍さに俺はいつも心を掻き乱されている。
「もう限界かもね」
「?」
きょとんとして俺を見つめる顔に溜息が出る。このままの状態は俺の精神衛生よろしくない。考えずともわかる。こんな調子が続けば心のゲージは空っぽになって俺死んじゃうよ。
遠藤要には臆病で遠藤要の言動に一喜一憂する自分。俺を変えてしまった遠藤要。他の女がちっぽけに見える。こんなのは始めてだ。初めてだから慎重になり過ぎていた。
鉄壁を崩したんだから、もういいでしょ?
自ら俺の心に踏み込んできたんだから、もういいよね?
そろそろアンタを貰ってもバチは当たらないよね?
アンタを俺のものにしたいから落とすよ。いいね?
「飲みにいこっか、今日」
「今日ですか?」
「明日休みだし。予定あった?」
「予定はないですけど・・・」
うーんと首を傾げる。何か考えてる時の遠藤要の癖。いつもみている癖に内心焦る。
営業回りの間や残業帰りに飯を食いに行った事はあっても、飲みに行ったことは飲み会以外なかった。急過ぎたかなと焦ってる俺を他所に、遠藤要は心配そうに言った。
「先輩、風邪大丈夫なんですか?」
「風邪はひいてないよー」
「え?そうなんですか?」
「うん、だから、いこ?」
「でも、あまり飲めないです・・・」
おや?これは押せばいけるんじゃないの?
遠藤要を誰にも渡したくないからね。俺のものにしなきゃいけないから強引にも卑怯にもなる。だって俺必死だからね。
「良いじゃない、チビチビ飲めば」
「それは先輩楽しくないんじゃないんですか?」
「んー?そんな事ないよ」
「でも」
「あ・・・そっか・・・俺と行くの嫌なんだ・・・」
口を尖らせ、子供っぽくいじけた口調で言うと遠藤要がピタッと一旦停止し、顔を真っ赤にさせ間を置いて「そ、そんな事ありません!」と慌てて返事を返す。
腹の奥でもう一人の俺が舌舐めずりまわしニヤッと笑う。でもって
「交渉成立、ね?」
あざとさを隠す為に爽やかに笑うと、遠藤要が下唇を噛み顔を伏せた。
「先輩ズルイです」
やっぱ強引過ぎたよねぇ。自分でも分かってやったけど。
でも遠藤要はこうでもしないと釣られてくれないんだもん、仕方ないよね?
「強引に誘ってゴメンね?」
「違います、そうじゃありません」
頭をブンブンと左右に振り顔を上げると俺をキッと睨み付けた。ああ、これも遠藤要の照れを誤魔化す癖。その癖に、何かに照れてるなと考えるが俺が笑ったところで照れるような子じゃないし、思い当たる節もナシ。
遠藤要の眉間に寄った皺をトントンと突つくが嫌がる素振りも見せず、大人しく突つかれている遠藤要の目が元に戻る。
「んー?じゃ、何?」
「分かってやってるんじゃないんですか?」
「何がよ?」
「分かってないならいいです」
「えー!何よー!教えてよ、ね?」
「もういいです!分からない人には内緒です!」
「えー!酷い!要ちゃんのいけず!」
「あ・・・えと・・・そんなつもりじゃなくて・・・ほ、ほら!早く仕事終わらせて下さい!飲みに行けなくなりますよ!」
への字口にしていじける俺に焦ったのか、真っ赤な顔を更に真っ赤にして俺を急かし出した遠藤要に自然と笑みが零れた。
とても可愛く思える。心が安らぐ。遠藤要の隣は居心地が良くて。遠藤要から出される感情、言葉、行動、表情全てが俺の癒しになって心に溶けていく。ホント参るよね。
「先輩、手、動かす!」
「ハイハイ」
横目でチラッと俺を見る遠藤要は俺と目が合うとフワッと笑って目を細めた。
直ぐにでも手を伸ばしたくなる衝動も、今直ぐに告げてしまいたくなる激情も耐えて、俺は笑い返す。遠藤要だけに最高の笑顔で。
必ずアンタを俺のものにするから、覚悟しときなさいよ。