第二章:無愛想な後輩は先輩を翻弄する

「は?嫌です」

俺の横の席にいる遠藤要は、照れもせず笑いもせず無表情のまま、ハッキリ言い放った。
相変わらずだねぇ、と心の中で突っ込む。

「学生みたいなノリで仕事しないでください」

「冷たーい!堅物!要ちゃんって呼んだっていいじゃない。減るもんじゃないし」

戯けて答えると、遠藤要にギリッと睨まれた。世話になってる先輩を睨みつけるとは良い度胸してるじゃないの。
自分で言うのもなんだけどね、俺は心の器が広い男だから無愛想な後輩に睨みつけられても許してあげるけど。

「アンタ、俺じゃなかったら痛い目みてるからね。誰かれ睨みつけるんじゃないよ」

「別に誰かれ睨みつけたりしません。分別つけれない人が許せないだけですから」

手厳しいね、ホント。
怖いもの知らずと言うか、我が道を行くというか馬鹿正直と言うか。

「どうせ分別ないですよ」

「分かってらっしゃるんなら正されたほうが良いのでは?」

「別にいいでしょ。これは人間関係の潤滑油と言っても過言ではないんだからね」

「理解できません、その考え」

遠藤要は溜息を漏らすと、パソコンモニターに視線を戻した。カタカタとキーボードを叩く音が会話の終了を告げる。
まだ会話続けたかったんだけど、遠藤要が遮断しちゃったから仕方ないので業務に戻る。
横目で様子を伺うと真剣な眼差しでモニターを見つめる綺麗な横顔があり、その横顔に綺麗な笑顔を思い出す。

「あーあ、また見たいなー」

「・・・」

こちらをチラリと見向きもせず、遠藤要は仕事に集中している。
聞こえてるはずなんだけどね、席、隣だし。ちょっと俺、切ないかも。

(壁作っちゃって)

人見知りも激しくなると病気だなと思う程の人見知りは大分打ち解けてはきたけど、踏み込んでもピシャリと拒絶されちゃうのよね。
遠藤要はフロアこそ同じだけど違う部署から俺が居る部署に異動になり、俺の下に付いて半年経つっていうのに壁はまだ壊れない。

(俺ってそんなに信用ない?)

自慢じゃないけど仕事は有能だし営業成績も常にトップだし、尊敬されてない事はないと思うのよね。
今では無愛想な遠藤要も初対面時に「先輩の下につけて嬉しいです。先輩みたいに仕事出来るように頑張ります」だなんて、綺麗な笑顔させて言っちゃってさ。
あれなんだったのよ!騙されたじゃない!詐欺よ、詐欺!
俺の一目惚れ、返して!

(惚れた弱みか、こんなところも好きなんだよねぇ)

一目惚れなんて都市伝説だと馬鹿にしてたのに。遠藤要の笑顔は俺の心を鷲掴みにし、呆気なく俺は遠藤要に落ちた。それはコンマ一秒の速さの世界でバクンと心臓が跳ねた。
で、蓋を開けてみたらこんな子でしょ?
普通はそこで引いちゃうと思うんだけど俺は違ったみたい。
今までにないタイプに初めは面食らったけど、この生意気な遠藤要は俺にとって猛烈に新鮮で面白かったわけ。
こんなツンツンした会話してても心地良いなんて、俺も相当キテるとは思うけどねー。一目惚れした自分を疑ってたけど本物だって確信したのよ。

「おーし、もう時間だから出ますかね」

「あ、はい」

資料、見積書、契約書大丈夫です。と、遠藤要が必要な書類全を一つ一つ確認し直し鞄に仕舞う。俺が教えた事を守ってる姿を見ると可愛いなぁと抱き締めたくなる。
普通なんだけどね、出る前に確認するのって。でも遠藤要がやると可愛い。

「じゃ、行こっか」

「はい」

「畑田、遠藤、契約もぎ取りに行ってきまーす」

「い・・・行ってきます・・・」

俺がハキハキと挨拶をする傍らで、モジモジと挨拶するところが遠藤要らしい。思わずブハッと笑ってしまう。
バツが悪いのか俺を見る顔はほんのりと赤く、睨みつける事で照れを誤魔化しているのがわかった。

「はいはい、睨まない睨まない」

頭をポンポンと軽く叩くと、視線を下ろし下唇を噛んで物言いたげな表情に変わる。子供を扱うような態度で接するのは初めてだけど、こんな風になっちゃうのね。
悪い事してるみたいで、なのに虐めたくなる衝動がムクリと顔を覗かせ、俺はその衝撃に狼狽えた。

「要ちゃん、いくよー」

俺はなんだか顔を見られるのが嫌で先に会社玄関を目指し歩くと、後ろからカツカツとヒールの音が鳴り遠藤要が付いてくる足音が聞こえてくる。

(多分、さっき、酷い顔してた)

恐らく、酷く浅ましい顔になってたと自分でも思う。
泣かせてみたいーーーとか!
好きな子虐めたくなるって、ガキじゃあるまいし。何考えてるのよ、俺。
まだ昼間よ?まだ太陽だってサンサンなのよ?
ちょ、俺自重して!
むしろ、俺どうしたのよ?!
初めて経験する新たな感情に俺は酷く焦せり、身体が勝手に走り出していた。

「先輩?!」

珍しく遠藤要の声がうわずっていたが、俺は気にせず走った。
すれ違う人達が廊下のど真ん中を走る俺から身をかわし、驚いた表情で俺を見送るが構うものか。
追いつかれたくなくてがむしゃらに走った。ヒールの遠藤要に追いつかれる事はないだろう。しかも、俺足速いし。

うちの部署のフロアは五階で、エレベーターもしくは非常階段で下に降りないといけない。
奇しくもエレベーターの手前に非常階段。迷わず非常階段に向けて足を滑らせドアを開け放ち一気に下まで降りて外に出ると、そよぐ風が熱くなった身体と頭を包み気持ち良い。

(色々とヤバイよねー。あの子)

遠藤要がくるまでの時間、切れた息と乱れた心拍数を整えるべく一心不乱に深呼吸を繰り返す。ついでにゴチャゴチャした感情も平常に戻す。それなりに恋愛してきたはずなんだけどねぇ。遠藤要には調子を崩されてしまう。
ほどなくして遠藤要が出てきた。
艶のある黒髪が風に揺られると横髪を耳にかけ、遠藤要は顔をあげた。

「どうしたんですか?急に走りだしたりして子供みたい」

不意打ち過ぎて言葉も出なかった。
なんて優しい笑顔。
それは温かく愛情に満ちていて、俺に一度だけ見せてくれた綺麗な笑顔さえも霞む。心が満たされるような笑顔。胸が震え、俺は息をするのも忘れて見惚れていた。

「弟を思い出しました」

「…へ?」

「弟も小さい時、急に走り出して、僕が一番!って嬉しそうに笑って。可愛かったな。今は大きくなって可愛さのカケラもないんですけどね」

「そ、そうなの」

「はい」

俺はガクッと肩を落とした。地面に付きそうな勢いで肩を落とした。
俺を想って出た笑顔じゃないんだ。俺の姿に弟を重ねて出た笑顔か。
なんなのよ、嬉しそうにしちゃってさ。
そんなに弟が好きなの?そんな顔出来るんならもっとしなさいよ。俺に向けなさいよ。俺だけに向けなさいよ。むしろ俺を好きになりなさいよ。俺のものになりなさいよ。
って、実の弟に嫉妬してどーすんのよ。ミシミシと胸が軋む音がする。嫉妬心なんて、また経験した事のない新たな感情。

「ホント、アンタには参るよ」

「は?」

「こっちの話」

「そうですか。先輩これ使って下さい」

無意識に受け取ったのはただのハンカチだけど、綺麗にシワが伸ばされキチッと畳まれ清潔感があった。
性格が表れてるようでハンカチでさえ愛しく感じる。こんな事初めて感じた。ただのハンカチなのに。
遠藤要から与えられるものならば、何でも良いのか。

「汗、拭いて下さい。今から契約もぎ取りに行くのに汗臭かったらダメですよ」

「ん。ありがと」

「行きましょう。もぎ取るぞー!」

「お??おー!」

カツカツとヒールを鳴らして意気揚々と歩く遠藤要の背中は小さいのに頼もしいと感じた。
けれど自分でも知らなかった感情を引き出した遠藤要を怖いとも感じた。
俺はこれからもっと色んなものを暴かれていくに違いない、遠藤要によって。
その度に俺は遠藤要の深みにハマっていくだろう。自分の本当の姿を深く知るだろう。けれども全然嫌じゃない。恐れはあるが、俺の知らない新しい世界に飛び込もうじゃないの。

(俺はその恐怖を素直に受け入れるよ。だから)

アンタも俺に晒してよ、隠した感情を。作った壁を壊してやるからもっとアンタの事を教えてよ。
俺に本当のアンタの姿を見せてちょうだい。そして俺にちょうだいよ、アンタの心。ずっとアンタだけ見てるから。俺に飛び込んできなさいよ。

「先輩、急ぎますよ!」

「ハイハイ。急ぎますよ」

「何笑ってるんですか?」

「ん、内緒だよー」

振り返って俺を見つめる後輩は無愛想な顏に戻っていた。だけど俺は見逃さない。無愛想な顔の裏に隠れてる感情を取りこぼさない。
訝しげな顔で俺を見る後輩は、いつも無愛想だけど俺の唯一の可愛い人。
今日は良いもの貰ったしね、無愛想でも良いさ。無愛想な後輩の可愛いところは俺だけ知ってれば良いんだもんね。