愛しい女(ひと)
初めて見せた涙に俺は「面倒だ」と言って貴女を捨てたのに
最後まで美しい顔を歪ませる事もなく「今までありがとう」と一切縋る事もなく綺麗な言葉で全てを終わらせた。
人の機嫌や顔色をうかがいながら付き合うのが苦で、それに女はすぐ泣けばいいと思ってるのが嫌いだった。
「どうしてそんな事を言うの?」と問う意味すら解らない。
誰かに気を使いながら生きるのならば俺は一人でも良い。
何も気にすることもなく過ごせるなら俺は自由を選んだ。
「祐一じゃん!元気してたか?」
会社からの帰宅途中、懐かしい友人に出会った。
大学を卒業してから3年、一度も会った事がなく昔話やら他の友人の話やらで
結構長い時間話し込んでいたと思う。
「お前ちょっと老けたな」とお互い笑い合って懐かしんでいた頃、友人がふと俺に聞いてきた。
「そういやあいつ元気してんの?」
俺は友人が誰を指してるのか解らなかった。
「あいつって誰だよ?大学ん時のやつか?」
「いやいや、千紗だよ。まだ付き合ってんだろ?そろそろ結婚しねーの?」
「あぁ、あいつならこの前別れたけど」
友人は驚き、ちょっとバツが悪そうな表情になり「そうか、すまん」と謝った。
何で?とか、どうして?とか聞くなよと心の中で呟いた。
今更掘り返して話したくもないし、思い出したくもない。
しばしの沈黙のあと「良い女だったのに」と友人が呟いた。
「そうだな、まー色々あるさ」と誤魔化して携帯番号を交換してわかれた。
「良い女ねーどんなのが良い女なんだかね」
どの女も俺には同じにしか見えない。
面倒臭くさいのはどの女も一緒。
勝手な男と自分で理解してるから尚更、どの女も面倒だった。
自宅に着き冷蔵庫からビールを取り出し一息つく。
静かな空間で自由な時間に酒を飲む、この瞬間がたまらなく好きだ。
会社や取引先での人付き合い、通勤の満員電車。
誰に干渉されることなく気を使うこともない一人の時間。
疲れて帰って着てまで女に気を使うなんて苦痛でしかない。
郵便物に目を通し一通の葉書に手が止まる。
「同窓会か・・・」
初めての同窓会通知。
卒業してからも仲の良い友人とは連絡はしていたが他の友人は全く繋がりもなくなってしまっていた。
「久々に他の奴らとも会いたいな」
“出席”に丸を付け鞄の中に葉書をしまった。
(・・・千紗も来るのだろうか)
頭によぎった疑問はそのうちアルコールにかき消された。
「もう終わった事だし、千紗もアッサリしてたしな」
あいつもそこまでなかったんだろう。
別れを切り出した時、もめると思っていたがアッサリしたもんだった。
女は現実主義だから見切りをつけられたんだろう。
こんな男は駄目だってね。
未練がましくとやかく言われるよりも見切られた方がいい。
泣かれても気持ちは変わる事もないし涙は演技としか思えない。
こんな心のない男よりも幸せにしてくれる男が良いだろ、普通。
悪口叩かれても良いぐらいだ。
自分勝手な別れを告げたのは俺なんだから。
千紗と別れてからは手軽な付き合いしかしない。
甘い言葉をかければ女はその気になって身体を許す。
たまに訪れる寂しさと欲求を満たして終わる。
深入りはしない、させもしない。後腐れのない関係で十分。
女といても話す言葉は耳には入らず相槌を打つ。
どうでもいいような会話だらけで相手の気持ちを考える事も酌む事もない。
女が本気になる前に関係を切る、そして新しい女を見つける。
それが俺の日常で当たり前になっていた。
ある日、友人から電話がかかってきた。
「同窓会どうすんの?」
「出るよ、お前は?」
「もちろん出るよ。千紗も来るんだろ?」
「・・・いや、知らない。別れたから」
「・・・!な、なんで?!」
可笑しいぐらいに驚いているのが解った。
別れたり付き合ったり、この世の中普通に繰り返されてる事なのに。
そこまで驚くのが不思議だった。
「そんなに驚く事か?準もすげー驚いてたけど」
「驚くも何も・・・お前、すんげーベタ惚れしてたじゃん」
・・・は?
今度は俺が驚いた。
俺が千紗にベタ惚れしてたって?
何かの間違いだろ?
「いや、何言ってんの。そんな事ないけど」
「いやいやいや!惚れてたじゃん!」
確かに付き合ってくれと言ったのは俺だし、好きって気持ちもあったのは嘘ではないが
そう言う程、惚れてるつもりはなかった。
「・・・そんな事ないけどな」
「いやー惚れてたねー。お前には言わなかったけど皆で言ってたんだぜ?”あいつは本気なんだ”って」
「はー?どこがだよ?」
「お前気づいてなかったの?全く・・・哀れな奴だなぁ」
その言葉に若干カチンときた。
自分の事は解っているつもりだった。
お前は俺の何を知ってるんだ?
「だからどこだって聞いてんだろう!?」
思わず声が荒くなる。
「そんな切れることないだろー」
電話口の向こうでケラケラ笑う声が聞こえてくる。
その緩さに気が抜けた。
こいつは昔から何処か緩くて、だけどそれが逆に良い雰囲気を保っていた。
少し自分の短気さに恥ずかしくなる。
「悪い・・・すまん、つい」
「いいよ、別に気にしてないし。お前昔から変わってないな」
またケラケラ笑いながら明るい声が返ってきた。
「お前が気づいてなくて驚いたけどさ、まーお前らしいって言うかアホというか」
「そう言うなよ・・・で、どこなんだ?その、俺が千紗に惚れてたって・・・」
「お前、千紗と付き合う前ちゃんと向き合って女と付き合うことあったか?」
「・・・いや、なかったと思う」
「思うじゃなくてなかったんだよ」
はっきり断言され昔の記憶を辿ってみる。
言われてみれば、生まれて今までまともに付き合ったのは千紗ぐらいなもので。
昔っから女は面倒だと感じてたから核心に迫られると上手く誤魔化す。
千紗と付き合ってた以外は今と変わらない生活を送って過ごしていた。
「そう言われれば、そうだな」
「だろ?手ぇ出して面倒になったら捨てるが当たり前な奴だったからな」
「・・・だって面倒くせぇじゃん。すぐ、あーじゃないこーじゃない言うし」
「そんなお前がだよ?自ら進んで告白してまともに付き合ってさ」
「まぁ好きだったし」
「だからさ!女を道具みたいな扱いしてた奴が急にそんな事したら驚くぜ?」
「あ・・・まぁ・・・」
「よっぽど惚れてる以外ないって皆思うだろ?」
確かに千紗は良く気が利く女で周りの事を一番に見ていた。
自分の事よりも他の奴中心が当たり前な奴で。
かといって恩義せがましくする訳でもなく、鼻にかけることなもない。
どちらかと言えば控えめで、でしゃばるような真似はしなかった。
そんなところが周りにいる女とは違っていて惹かれたのは事実だが。
「でもそんな言うほどないでしょ」
「そんなほどあるんだって!千紗と付き合い出してお前変わったし」
「どこがだよ?」
「まず女遊び。付き合ってても絶対他の女に手ぇ出すって皆言ってたけどな」
「は?そんな事いってたのか?」
友人は笑いながら”うん”と答える。
「後、千紗を見るときの目が全然違ってた。すげー優しい目だったぜ?」
「・・・」
「後は、俺らに対して心広くなったのもあったな」
だんだん恥ずかしくなってきて思わず無言になる。
「あ!そうそう!何気に千紗中心だったよなー、お前の言動」
「そんなつもりはなかったけど・・・」
「じゃぁどんなつもりだったんだよ?千紗が待ってるからとか、千紗も一緒でいい?とか言ってたじゃん」
「い、言ってたか?俺」
「言ってたよ!ビックリしてたんだぜ?自分中心だったお前がコロっと変わって」
携帯を持つ手がわかるぐらいに汗ばんでいる。
自分では気づかなかった部分を目の当たりにして正直驚いた。
意識なんてしていなかった、そんな自分の事なんて。
「で、何で別れたわけ?」
動揺している俺に隙を与えず聞いてくる。
「あ・・・いや、今まで反論なんかしなかったのに変に食い下がってさ」
「あ?それだけで?」
「あと泣いたから面倒だって言って別れた」
「お前馬鹿じゃないの!?なにやってんだよ!!」
今まで穏やかだった友人の声が激しくなった。
こんなにまで怒ってたのも怒鳴ったのも初めてだ。
身体がビクっと震えた。
「なんでそんぐらいで別れるんだよ!?食い下がったっていいじゃねぇか!!千紗を何だと思ってんだよ!?少しぐらい反論しても泣いてもいいだろ!?人間なんだぞ?心だってあんだぞ!?お前、今まで千紗の気持ちを考えて物言ってたか!?今まで千紗はお前の全てを受け止めて我慢してたんじゃないのか!?」
俺は何も言えなかった。
ただ手には汗が流れ震えていた。
「・・・すまん、ちょっと声が荒くなった」
「いや、いいんだ・・・」
しばらく沈黙が続いた。
友人は何も言わず俺は何も言えず、お互いに呼吸する音だけが響く。
「祐一、お前は千紗に甘え過ぎてたんだよ」
「・・・」
「あいつの優しさを当たり前だと勘違いしてたんだよ、きっと」
「・・・そうかもな」
「長い付き合いになれば馴れ合いになって気持ちを忘れるけど・・・」
「・・・あぁ」
「今も変わらずにお前を想っていた千紗をお前は面倒の一言で裏切ったんだ」
何故か心が痛んだ。
「女は面倒だと思うかもしれないけど、千紗はお前の自分勝手や我儘だって受け止めてきたんだろ?あの頃とは違うんだぜ?遊び呆けて自分勝手にする年でもないんじゃないの?」
「・・・」
「多分、千紗みたいな女は現れないぞ。千紗を越す女はなかなかいないと思う。っつか、お前を受け止めれるだけの女はいないだろうね。どうせ今も適当に遊んで相手の気持ちとか考えてないっしょ?」
図星過ぎて言葉もない。
気持ちを考えるのも相手を思いやる事なくただ満足したいがために勝手をして。
胸が痛かった。
「お前の言う通りだよ」
全部友人の言う通りで、それ以外の言葉なんて思いつかない。
「このままでいいのか?そんな感じで人生終わっていいのか?千紗を・・・千紗との関係をこんな状態で放っておいて後悔しないか?」
「・・・だって面倒臭い」
「馬鹿か!?面倒臭いとか言って逃げててどうすんだよ!?何の解決にもならないだろう!?相手も何か我慢してるんだから自分も何か我慢するのが付き合うって事じゃないのか?」
「そうだけど・・・」
煮え切らない俺の態度に、はぁと深い溜息が聞こえてきた。
呆れてる感じにも聞こえた。
「どうするかはお前次第だけど忠告はしとく。そのままじゃ本当の駄目男になるぞ」
「解ってる・・・」
「自分優先もいいけど、千紗の今までの気持ちと遊ばれた女の気持ちを考えろ。千紗に謝ってよりを戻すもよし、他の女と真面目に向き合って付き合うのもよし。どちらにせよ、考えを改め直すことに変わりはないけどな。」
そう言って友人は”じゃぁ同窓会でな”と電話を切った。
残された俺は何も考えきれなかった。
呆然と空間を眺めるだけで、頭が回らない。
ベットに横になり目を閉じていると千紗の顔が頭に浮かんでくる。
俺に何を言われても、ちょっと困った顔になってもすぐ笑顔になる千紗は
「もう、しょうがないなぁ」が口癖で俺が不機嫌になっても嫌な顔すらしなかった。
一番に俺の事を考えて自分の事なんて二の次で惜しみなく献身的で。
仕事に疲れて心に余裕がなくなった時はいつも「ごめんね」って意味なく謝ってたっけ。
酷い事を言っても冷たくしても許してくれる千紗に甘えていたんだ。
それが当たり前だと、許されると思い上がっていたのは俺だった。
次第にそんな自分と千紗に苛立ちを覚えていったのはいつからだっただろう。
見返りなんて求めない千紗の姿にいつしか引け目を感じ出していた。
顔色が気になったり機嫌をうかがったりしている自分がきつくてしかたなかった。
自分勝手な気持ちが顔を出した。
気を遣うぐらいなら一人でも良いと。
誰かを想って苦しい思いをするのなら一人がマシだと。
俺は傷つくのが怖かったのか?
そうだ。
千紗からの別れの言葉が怖かったんだ。
自分の不甲斐なさを俺は知っていたから、千紗から見放されるのが怖かった。
正直、他の女に対する考えは改める気はない。
どうしても他の女は面倒なもので欲求を満たす対象でしかない。
だけど千紗は・・・
千紗は生まれて初めて俺から好きになった女で特別な存在。
友人に言われて気づく事って本当にあるんだな。
自分が思ってたように生きてきて自分の出した答えが正しいといつも思っていた。
「良い女だったのにな・・・」
その言葉の意味がようやく解った気がした。
俺にとって千紗は自分を委ねる事が出来た唯一の女。
悪いところも無償の愛で受け入れ続けてくれた。
なのに俺ときたらたった一度の反論さえ受け入れる事も出来ない狭い男で。
自分でも呆れて嫌になる。
俺は千紗の何を見ていたのだろう。
その他大勢の女と一緒にして千紗を傷つけて。
取り返しのつかない事をしたことにようやく気づいて、だけど気づいた時には後の祭りで。
愚かさに涙が出てきた。
きっと千紗は俺以上に涙を流しただろう。
ごめんなと呟いても「もう、しょうがないなぁ」と笑って許してくれる千紗はいない。
ただ千紗が恋しくて愛しくて身体が震えた。
同窓会の前日、珍しく熱が出た。
仕事が詰まって睡眠時間が少なくなっていたのもあるが、千紗の事を考えて寝つきが悪くなっていた。
ずっと千紗に電話しようと思いながら出来なかった。
今頃になって電話して「何よ今さら」と言われるのが怖かった。
あんなに愛してくれていた千紗を傷つけてどの面下げて謝ればいいのか解らなかった。
せめて同窓会で逢えればと思っていたのだが・・・
「39度か・・・なんでこんな時に限って熱出るんだよ・・・」
体温計を放り投げて布団に潜った。
意識は朦朧として、このまま俺死ぬのかなと思い出した。
もーいいか、なんて弱気になる。
俺みたいな人間は死んでしまった方が良いのかもしれないな・・・
普段だったら絶対思わないような考えすらしてしまう。
せめて最後に千紗の声を聞きたい・・・
熱でだるい身体を精一杯の力で起き上がらせテーブルの上の携帯を取った。
アドレスから千紗の番号を呼び出さなくても自然に指が動く。
電話をするのをあんなに躊躇っていたのが嘘のようだ。
プルルルル・・・と呼び出し音が頭の中で鳴り響く。
出るだろうか?
不安はあったが、出なくても諦めるつもりはなかった。
なんでこうも強気なんだろうと思い可笑しくなった。
かけてしまえば後には引けない。
そんな気がした。
10コールぐらい鳴らしたけど出る気配がない。
「やっぱり、出ないか・・・」
いくら鳴らしても出ないものは出ないと思い電話を切ろうとしたら
聞きたくて仕方なかった声が聞こえてきた。
「祐一?」
その声は戸惑ったような泣いているような声。
初めて聞く切ない、そして懐かしい甘い声。
「うん、俺」
「・・・うん。電話かけてくれてありがとう」
千紗はどうして電話したの?と聞かず、ただありがとうしか言わなかった。
そんな千紗に泣きたくなった。
「ねぇ、祐一は同窓会行くの?」
「行かない・・・つか行けない」
「そっかぁ。仕事忙しい?」
「そんな訳じゃないけ・・・ど・・・」
熱でカラカラに乾いた喉がむせ返ってうまくしゃべれず言葉が途切れる。
「ちょ・・・大丈夫?風邪ひいたの?」
心配そうに聞いてくる。
いつもと何も変わらない千紗に、別れた事実が薄れていく。
「熱が・・・でて・・・それでどうしても千紗の・・・声・・・が聞きた・・・く・・・」
「熱あるの!?何度あるの!?」
勢いよく話す声が耳に痛い。
でもそれが心地よかった。
千紗の慌てた姿が簡単に想像できた。
「さんじゅ・・・うく・・・ど・・・」
「39度!?病院は!?ご飯は!?」
「身体きつくて・・・行って・・・」
「待ってて!今から直ぐ行くから!!」
千紗は最後まで聞かずブツっと電話を切ってしまった。
プープープーという音が俺の呆けた頭で鳴り続ける。
千紗が来る・・・
声を聞けただけでも十分なのに逢えるなんて思ってなかった。
千紗に逢える・・・
そんな意識が少しずつ薄れていっていつのまにか眠りについていた。
慌しく歩く足音に目を覚ますと千紗の姿があった。
声をかけるのが勿体無くて眺めていたら視線に気づいたのか千紗が振り向く。
「あ、起きちゃった?ごめんね、うるさかったでしょ?」
いつもの笑顔がそこにはあった。
待ちわびてた笑顔に胸が苦しくなって腕で顔を塞いだ。
涙がこみ上げてきた。
「ごめんね・・・きついのに起こして・・・」
近づいてくる気配に背中を向けてしまった。
泣いてるなんて知られたくなかった。
泣いてる顔なんて見せれる筈はない。
傷つけた本人が泣くのは間違っていると思うから。
背中を向けた俺にそれ以上は近づく事もなく「今お粥作ってるからね」と言うとキッチンに戻っていった。
相変わらず千紗の気遣には感服する。
「ごめんな・・・」
「ん?どうして?」
「あ、聞こえてた?」
「うん、聞こえてたよ」
「そっか」
意味のあるようなないような会話すら嬉しい。
まるで初恋みたいな感覚に胸は震える。
よく考えれば俺の初恋は他の誰でもない、千紗だった。
「お粥できたよ。食べれそう?」
「うん、食えそう」
「薬飲んだ?一応買ってきたけど・・・」
「飲んでない・・・」
「じゃぁ、食べたら薬飲んでね」
久しぶりに食べる千紗の手料理。
果たしてお粥が料理したうちに入るのか俺は解らないけど上手かった。
食べ終わると薬と水をコップに入れて待っていた。
受け取って薬を飲んで横になる。
「千紗、帰る?」
「ううん、祐一の熱が下がるまで居るよ。だから寝ていいよ」
笑顔で言うとクスっと笑った。
だから俺もつられて笑った。
「それじゃぁ、寝る」
安心したら急に眠くなった。
きっと熱と千紗のせいだ。
額に触れる千紗の手が冷たくて心地いい眠りを誘う。
安堵したのかあっという間に眠りに落ちた。
身体を起こすとベットにもたれかかるようにして千紗も眠っていた。
「ち・・・さ・・・千紗・・・」
起きなきゃいいのにと思いながら声をかけた。
でもここで寝たら千紗が風邪をひいてしまう。
それでも起きない千紗の身体を揺らすと「んー」と言いながら起き出した。
「あー起きたー?熱下がったかな?」
ごそごそと体温計を探しだし俺に差し出した。
「熱、測って?」
差し出された体温計を受け取り熱を測ると37度に下がっていた。
覗き込んで「よし」と言うと「病院行く?」と尋ねてきた。
「行かない」
「行かなきゃ完治しないよ?」
「でも行かない」
「もぉ、しかたないなぁ」と笑うと帰り支度を始めた。
「私帰るね・・・お粥まだあるからお腹空いたら食べてね。後薬もちゃんと飲んでね」
バックの中から鍵を出した。
前に渡していた部屋の合鍵。
「これ・・・返しそびれてて・・・返すね」
テーブルの上に鍵を置いて笑顔で「それじゃ」と千紗が呟いた。
ここで何も言わなかったら二度と千紗には逢えない気がした。
はなから何も言わないつもりはなかったけど。
「千紗」
「ん?」
「結婚しよう?」
「え?」
「つか俺と結婚して下さい」
千紗は無言で俺の顔を見つめる。
真剣に千紗と結婚したいと思う。二度と離したくないから。
「な・・・に言ってるか、祐一わかる・・・?」
「わかるよ。俺と結婚して下さい」
「だって祐一、面倒だって・・・別れるって言ったじゃん・・・」
「言った。それは否定しない」
「だったら・・・何で・・・」
千紗の目に涙が沢山たまっていく。
今にも零れ出してしまいそうなほど沢山。
「否定はしない。自分勝手だって自分でも思ってる」
厚かましいとも思う。
自分から捨てたのに今さらその存在の大きさに気づくなんて遅いかもしれないけど
千紗じゃなきゃ駄目だなんて恥ずかしくて言えないけど千紗しかいないんだよ、俺の中には。
「何回謝っても許してもらえるとは思ってないけど、今までの分千紗を幸せにしていきたいんだ」
「本当、自分勝手・・・」
笑いながら大粒の涙を流す千紗が可愛くてたまらなかった。
今まで女を愛しいと思った事は一回もなかった。
だけど千紗は違った。
千紗の存在の大きさに離れて、友人に言われて初めて気づいた俺は馬鹿だけど
それでも千紗だけは死ぬまで失いたくない。
こんなに良い女なんて他を捜してもいないよ。
「ごめんな、千紗」
「うん」
「好き勝手やってお前に甘えて、甘えさせてやれなくて。お前の気持ちを考えてやれなくてゴメンな」
「うん」
「もう一人で良いなんて言わない。お前が好きだ。愛してる。だから結婚して下さい」
「う・・・っく」
涙で声が詰まったのか千紗は変な声で答える。
愛しさがこみ上げてきて、なんだか俺も泣いてしまった。
ベットから降りて千紗を抱きしめた。
「これからは甘えていいから。今まで言えなかった我儘も言っていいから」
泣きじゃくる身体を強く抱きしめると震えていた。
今まで我慢していたモノ全てを吐き出すかの様に千紗は泣いた。
俺は幸せでいっぱいだった。
千紗は幸せを感じてくれてるだろうか?
これから先も千紗との幸せを永遠にしていくと自分自身に誓う。
何があっても絶対に千紗だけは離さない。
こんな俺をここまで愛してくれた千紗は最初で最後の愛しい人。
千紗にとっても最初で最後の最愛の人でいれるように精一杯愛し続けようと思う。
後日、千紗に「普通、やり直そうが先じゃない?」って言われたけど俺の頭の中には結婚の二文字しかなかった。
それを聞いて千紗はいつものように「もう、しかたないなぁ」と泣きながら笑って俺を抱きしめた。